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牧師コラム

秋の伝道について
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    〇秋の伝道について:

     いよいよ今年も9月に入ります。一般に学校も夏休みが終わり2学期に入ります。9月はナザレン教団の「教会学校月間」になっています。また敬老月間でもあります。対照的な感じですが、子どももお年寄りも大切な存在です。教会では全人教育と言い、全年齢層に福音を伝える使命が与えられています。「少子、高齢化」の現在こそ大切な要素ではないでしょうか。

    「イエスはガリラヤの全地を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民のあらゆるわずらいをおいやしになった。」マタイ4:23とあります。マタイの9:35にも同じ記事があります。イエス様の最初の働きです。「伝道、教育、福祉」と現在流にはまとめられます。何とシンプルで分かりやすい働きでしょうか。この精神はどの教会にも当てはまります。

     36年前に私はこの鳥栖に遣わされて東京から来ましたが、上記の御言葉と、マタイ25:40「いと小さき者に愛を」とのイエス様の御言葉に励まされて、働きが開かれて来ました。日本で当時最も福音が届かない県と言われた佐賀県で、開拓伝道の最初に何から手を付けていいか全然分かりませんでした。しかし、主は不思議な方法で働いてくださり、救われる民を起こしてくださいました。詩編126:5〜6「涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。種を携えて、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。」何と幸いなことでしょう。

     秋の伝道シーズンが豊かな実を結びますようにお祈りいたします。10月には特伝(チャペルコンサート」を今年も計画しています。春もすばらしいコンサートを持ち、多くの方々が来てくださいました。どうぞお祈りください。

    | - | 11:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    引退試合
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      〇引退試合:

       久しぶりにスポーツの話しを書きます。私は若い時からスポーツが大好きでした。特に野球やサッカーには夢中になっていました。実際にやりましたし、見る方も大好きでした。野球は巨人軍の川上哲治(熊本工業出身)さんが好きでした。もう50年ぐらいになりますかね。筋金入りの巨人フアンです。さて、サッカーのお話しに入りましょう。明日の夜は鳥栖駅の隣りの球場で、サガン鳥栖のフェルナンドトーレスの引退試合が行われます。相手はヴィセル神戸です。かつてスペインリーグで同僚だったアンドレス・イニエスタが所属する神戸のチームです。2人とも超有名なサッカーの世界的な選手です。

       特に「サガン鳥栖」は私が30数年前に鳥栖に来て、しばらくして出来たプロサッカーチームです。最初は弱くて、資金力もなく、いつつぶれるかと言われたのです。有志の市民が必死で支え、応援していました。最近は1部リーグ(JI)にとどまり、活躍しています。鳥栖駅構内にはトーレス選手の等身大のポスターが2枚立っています。地方の弱いチームによく世界的な選手が入ってくれたものだと思いました。

       いつも試合のある時に駅を降りますと、多くのファンが列をつくり線路の上にあるアーチ形の階段を昇る姿を目にします。1万5000人から1万8000人もはいるのですから。さて今晩はどのような試合になるでしょうか。鳥栖が16位で、神戸が15位ですので、もし鳥栖が勝つと入れ代わります。16位は2部(J2)との入れ替え戦に出なければならない位置です。17位と18位は2部陥落の位置です。大変な試合でもあるのです。

       鳥栖市の特徴は、このサガン鳥栖、女子バレーの強豪の久光製薬、野球の広島カープの緒方監督・・・。東洋一の高速道路のインターチエンジでしょうか。この町に私たちの鳥栖(伝)があるのです。72000人の町に5つのキリスト教会です。誇りに思います。

       

       

      | - | 10:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      終戦(敗戦)記念日によせて
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        〇終戦(敗戦)記念日によせて:

         15日は日本が戦争で敗れた記念日です。今から74年前です。第二次世界大戦と言われた4年間の大きな戦争でした。多くの世界の国を巻き込みました。ドイツ、イタリー、日本が「三国同盟」を結び戦いました。最初は優勢でしたが、アット言う間に劣勢になりました。兵力と情報の違いで追い込まれて行きました。

         15日は韓国では「光復節」と言い、独立記念館で歴代の大統領は平和への演説をされました。今年も文大統領が演説をされました。残念ながら今の時期は、日本と韓国は良い関係にありません。独立記念館は私も何回も行きました。私は牧師の立場で色々な戦時中の展示品を見て来ました。迫害、拷問の所では目を覆うようなリアルな光景でした。以前は固定でしたが、途中から動きが加わり見るのも大変でした。韓国の幾組かの小学生たちがグループで見学に来ていました。また市内にある「パコダ公園」の壁画もリアルでした。また市内からは離れた「提玩利教会」は、日本兵が村の人々を閉じ込めて焼き殺した歴史のある教会です。行くごとに献金をして献堂のために役立たせてくださいと牧師先生に託しました。

         韓国へは何回も行き20年から30年間に22回ほど行きました。最初はまだ「近くて遠い国」の時代でした。多くの集会をその間に持ちました。韓国全土を回り、ある時には1日で6回ほど(4時半からの早天、午前2回、午後2回、夜1回)持ったことも何回もありました。月曜に行き金曜に帰国するようなスケジュールもあり、謝礼を300万ゥオンほど頂きましたが、いつも全部日韓交流や戦績告白の謝罪に置いてきました。集会の最後に必ず質問がでます。日本の兵隊に家族が殺された、被害を受けたというものでした。私はその都度謝罪をして来ました。最後に「キリストの愛によって赦す」と言ってくださいました。最初に韓国に行った時に、本田弘慈師や森山聡師が土下座の謝罪をされて、許しを請われたのをいつも思い出して私もおなじようにさせていただきました。

        | - | 11:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        平和について
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          〇平和について:

           11日は「平和をつくりだす者」(マタイ5:9)との題でメッセージいたしました。CSもイザヤ書2:4から「平和への道」と題してM姉が奨励をされました。

          本当に平和への感謝とともに、さらに平和のために祈り続けなければなりません。礼拝に入り最初に皆さんで「フランシスコの平和の祈り」を朗読いたしました。すばらしい祈りです。

           以前にも書いたと思いますが、私は昭和18年生まれですので、2才ながらあのB29の戦隊覚えています。戦隊で空がまるで灰色に一瞬なったようで恐ろしかったです。戦後、大阪へ保育園(戦後の1期生らしい)から行き、大阪城以外焼け野原になっている光景を見ました。ポツンと大阪城が立っているのが不思議に思えました。孤児や復員兵の方々が橋の下やあちこちにおられるのを見ました。悲しい光景でした。

           礼拝ではイエス様が語られた「8つの幸い:山上の垂訓」の中から「平和をつくり出す人たちは、さいわいである。彼らは神の子と呼ばれるであろう。」(マタイ5:9)から語り、原爆のことや、「長崎の鐘」の永井 隆博士のお話しをいたしました。以前、ナザレン教団も「戦責告白、非戦の誓い」を出し、東南アジア(特に韓国、台湾、フィリピン等)に教団の理事長他が行かれて謝罪をされました。年会で「謝罪声明」を出してほしいと言ったのは実は私でした。なかなか取り上げてもらえず、ある方々からは「先生は韓国や台湾によく行かれているので、便宜上必要なのでしょう。日本も被害者なのですよ」と言われたことがあります。悲しくなりました。誤解もはなはなしい時代でした。

           私達クリスチャンは神の平和(シャローム)のために祈り続け、持ち場、立場で出来ることからさせていただきたいと思います。戦争で多くの若者をはじめ、人々が亡くなられました。340万人ともいわれていますが、その人々の犠牲の上に「今の平和」があることを忘れてはならないと思います。

          | - | 07:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          各地の聖会について
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            〇各地の聖会について:

             この度、当教団のI牧師が大阪の「関西聖会」の講師になられて行かれたそうです。関西聖会には大阪在住の時は委員でいたのを思い出します。今は大阪市内の教会で開催されていますが、30~40年前は大阪府能勢の歌垣で長い間行われていました。もつと以前は京都や兵庫県で行われて、小島伊助師、沢村五郎師、本田弘慈師・・・多くの方々が講師で来られていました。私も歌垣には何度か出席しました。CS地区中高生キャンプも歌垣でさせていただいた記憶があります。自然豊かな聖会場でした。

             九州には福岡に「九州聖会」があり、100年をはるかに超えてあります。ケズィックも聖会です。箱根の小涌園での中央集会や東京集会の委員もさせていただきました。各地で行われています。それぞれの教団にも聖会があります。当教団にも地区ごとで開催されています。わたしも5地区に転任しましたので、それぞれの地区の聖会に出て恵まれました。でもほとんどが教団でも、超教派でも実行委員をしていましたので、ゆっくりと聞く余裕が最初はなかったですね。司会や講師でお話したりして結構忙しい状態でした。私の引退前の大きな集会での奉仕は「北九州市民クリスマス」の講師ではなかったでしょうか。立派な芸術ホールで多くの会衆を前にクリスマスメッセージを語らせていただきました。教会からも貸し切りバスで応援団が多数出ていただきました。引退前の神様からのプレゼントでした。

             5000人~1万人集会の実行委員長や委員を何回かさせていただいた経験もあります。勿論人数だけがすばらしいのではありませんが・・・。秋にも聖会が2~3回あります。聖会は霊的に養われる場です。最近どの聖会も人数が減少したり、期間が縮小したりして少々残念な感じです。でも聖会にはぜひ出ていただきたいと思います。イエス様も遺言の祈りで「彼らを真理によって聖別し、この世に遣わしたまえ」(ヨハネ17:17)と祈られています。

            | - | 06:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            8月に入りました
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              〇8月に入りました:

               今年も早や8月に入りました。毎日猛暑が続いています。私が住んでいる宗像も涼しいと思っていましたが、福岡で一番高温の時もあり、涼しい所とは言えません。どこでも同じかも知れませんね。昨日も鳥栖の祈祷会に鹿児島本線の汽車で行って来ましたが、温度調整が難しかったです。冷房がよく効くときと、全然きかないときがあります。車内では半袖では寒いけれども、上着ではいい時と脱がなければおれない時もあります。祈祷会が12時に終わり、駅まで車で送っていただき、駅で立ち食いうどん(昼食)を食べ、汽車に乗り帰るのです。片道1時間10分ぐらいの行程です。快速がない時は区間快速で博多で各停に乗り換えていると1時間半はかかります。もう慣れましたが・・・。

               さて、8月は「ナザレン青年日、平和を祈る月間」です。4日(日)の礼拝では青年向けに、11日には平和のメッセージをいたします。「教会に青年が少なくなった。いなくなった」と最近よく言われ嘆かれている声を聞きます。確かにどの教会にも教会学校の生徒や青年が少ないです。地域に青少年はいないのでしょうか。少子化にはなりましたが、いるのです。反省をこめて言いますが、教会としてもどのようにしていいか分からないのが現状ではないでしょうか。以前はクリスチャンホームの子供たちが多く教会に来ていました。しかしそれすらも少なくなって来ました。危機感が一杯です。皆さんの教会は如何でしょうか。

               私たちの教会(伝道所)は礼拝の半分が青年です。と言っても少数ですが青年は数名はいます。教会学校も辛うじて継続しています。18日(日)の礼拝後にはバーべキュー交流をしたいと考えています。色々楽しいプログラムを考えて友達を気楽に誘える環境を考えないといけないと思っています。何もしないとそのうちに教会からCS子ども、青年が消えてしまいます。祈りつつ希望を持って取り組みましょう。

              | - | 10:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              再び鳥栖の地でのビジョン
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                〇再び鳥栖の地でのビジョン:

                 この牧師コラムも本日で8年と134日になりました。616件書いています。2011年3月19日に最初のコラムを書いたとデーターが出ています。こんなに書いたかと不思議に思います。そしてこの間、多くの方々が読んでくださり感謝しています。1日に一番多い時には1500回、少ない時で5通とのデーターがでています。1日平均約50~100通になります。おそらく本にすると何冊にもなるでしょう。2011年とは皆さんもご存知のあの「東日本の災害」が起こった年です。東京から福岡に帰って来て、飯塚教会を牧会した年です。私にとりまして5回目の転任でした。7年間させていただき引退いたしました。75歳でした。そして担務で鳥栖(伝)に遣わされて2年目に入ります。

                 さて、鳥栖での働き、ビジョンとしては先ず地域に認知され、その地域が必要としているニードに答えることが大切でしょう。36年前も同じ思いでスタートいたしました。使徒言行録2:43~47にある初代教会の在り方、姿がモデルでした。時代は大きく移りましたが、主の働きは変わらないと思います。広い土地(417坪)に素晴らしい会堂が備えられいます。場所は九州の中心地です。新しく着いた九州新幹線の新鳥栖駅のすぐ近くに位置します。新鳥栖駅の前には国立の病院(重量子ガンセンター)があります。教会が地域と共同体をつくり、全世帯、全年齢層(赤ちゃんからお年寄りにまで)にわたる働きが出来れば素晴らしいでしょう。皆さんからもアイデアをどしどし出していただき、この鳥栖(伝)が地域になくてならない霊的なセンターになることを望みます。お祈りください。

                | - | 15:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                礼拝の大切さ
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                  〇礼拝の大切さ:

                   21日(日)は大変でした。九州北部への集中豪雨で鹿児島線が止まったり、遅れたりして鳥栖へは行けないかなと思い、信徒に行けない時はDVDでしてほしいと電話をかけました。ところがいつもより早く東郷駅に行くと、1本汽車が来ると言うのです。それは博多行きでした。鳥栖への鹿児島本線は基山や鳥栖、久留米が大雨で線路も駅も大変な状態で行かないとのことでした。私はとりあえず博多駅まで行こうと乗りました。博多駅に着き、ダメなら福岡教会の礼拝にでも行こう思いました。博多駅になんとか着き、ふと思ったのは新幹線は動いているだろうかとのことでした。新幹線の入り口に行き、掲示板をみると「動いているではありませんか」。何という恵みでしょうか。わたしは熊本行きの自由席に乗り、10分ぐらいで新鳥栖駅に着きました。普段なら30分ぐらいかかるのです。この日は豪雨で新幹線も普通キップでいいとのことでした。新鳥栖駅では大雨で、教会まで歩こうと思っていましたが、とても無理でタクシー乗り場に行きました。多くの方々が待っていました。でも幸いにもしばらくして乗れました。教会には普段よりも20分ほど早く着きました。

                   2~3人ほどの教会員は汽車が動かないのと、勤め先が大変とのことで休まれました。しかし少数であっても無事に礼拝を守ることが出来て感謝でした。教会の周辺は、早朝には川のように水が流れていたそうです。私が着いた時には落ち着いていました。何とか教会の建物も守られて良かったです。帰りも新幹線で博多駅まで行きました。ところが鹿児島本線の汽車が止まっており困りました。しばらく様子を見て待つことにしました。1時間後には各停が福津行きとしてくるとの表示がでました。福津は東郷の2つ手前ですが、とりあえず乗らないといつ帰れるか分かりませんので、長時間待ちのりました。福津でおりたところ、5分後に小倉行きがくるとのことで、タイムリーでした。無事帰り着きました。大変な1日でした。でも帰りつき思ったことは、礼拝が守れた喜びと感謝でした。心身とも確かに疲れましたが、何か霊的には恵みを一杯いただいたような状態でした。不安や絶望的な時に、主がその道を開いてくださることを改めて思いました。

                  | - | 16:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  引退後2年目に入っています
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                    〇引退後2年目に入っています:

                     7月に入りまして、新しい保険料、介護保険料、県民税、市民税の通知がきました。現役の時は教会が宗教法人でしたので保険料も半額(教会と個人)をもてば良かったのですが、引退すると1年目はそのまま全額持たなければなりません。前年度の収入で査定されます。私の場合は保険料を例にとりますと、月45000円も払いました。70歳以上は年金は払わなくてもいいですので。介護保険料や市民税、県民税を合わせますと、月に7万円以上になりました。1年間は大変でした。前から退職したらその年は前年度の収入が基礎になり多くの支払いになるとは聞いていましたが、さすがに直面すると驚きました。妻に「今回の1年間だけ辛抱してね」と言わざるえませんでした。

                     昨年7月からは病院にかかる治療費の保険は3割負担から1割負担に変わりましたので助かりました。例えば無呼吸の治療の器具のレンタル料も月5000円から1500円になりました。勿論他の治療や薬代をいれると相当な金額にはなりますが、健康のためには仕方がないことです。妻も昨日、足の手術をいたしました。左足が腫れて、静脈溜が浮いてきているので、レーダーで不純な部分は焼け切るという手術を1時間かかりしていただきました。成功して良かったです。国立病院はさすがにすごいです。

                     先日、保険料等の通知が来まして驚いたことには、昨年度支払った分の10/1になっていました。約54万円が5万円で済むのです。介護保険も市民、県民税も同じでした。現実のお話しをして申し訳ありませんでしたが、本当に助かりました。神様が守ってくださったと感謝しました。これから5年、10年となるか命は分かりませんですが、ともかく今を精一杯生きて、生かされて奉仕を続けさせていただきたいと思っています。健康?の有難たさを感謝しています。お祈りを有難うございます。

                     

                     

                    | - | 07:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    八幡教会応援
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                      〇八幡教会応援:

                      14日(日)は八幡教会に行ってきました。4月から無牧になり、地区牧師が交代で応援に行っています。14日は私も住まいの宗像(福岡市と北九州市の中間に位置します)から、JR鹿児島線の快速に乗りまして行きました。25分で八幡駅に着きました。普段だと同じ鹿児島線で博多、鳥栖に行きます。快速で片道65分かかります。(区間快速だと75分ほど)

                       さて八幡教会はあのパン屑牧師の加来国生牧師が開拓された教会です。途中で何人もの牧師が交代されて現在に至っています。丘の中腹にあり急坂なために車で行くのは慣れていないと大変です。昔、福岡教会の本末牧師が車で来られた時に、途中で交代して坂を上がり、教会の駐車場に入れたのを思い出します。先生は確か60~70歳で車の運転免許を取られたのではなかったかと思います。あの福岡のど真ん中で運転されるので驚きました。

                       八幡教会は現在は少数です。でも古い方々がしっかりと教会を守っておられます。この近年は無牧や牧師が短期間で交代されて落ち着いた牧会宣教が出来ず、残念な状態が続いています。色々な問題もあるでしょう。早く定住の牧師が与えられ、教会が安心して宣教、運営されていくことを願います。信徒も牧師を支えて、牧師と一体となり宣教に励んでいただきたいと思いました。

                       14日の礼拝に旧知の姉妹が来てくださいました。とっても嬉しかったです。礼拝が終わり食事会が教会員共々されて、良い交わりをされて感謝でした。今後、八幡教会が祝福されることを祈りつつ帰途につきました。

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