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牧師コラム

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鳥栖開拓の初期の奇跡
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    鳥栖開拓の初期の奇跡:

     私が鳥栖開拓伝道に任命されたのは1983年でした。多くの人はまだ10年〜20年早いと言われました。無理もないです。鳥栖は佐賀県の一員で人口6万人ぐらいの小さな地方都市で、キリスト教会も3つ(カトリック教会と2つの小さなプロテスタント教会)だけでした。佐賀県は全国的にも教会、クリスチャンの少ない県の一つでした。人口も東京の世田谷区のほうが多いぐらいでした。当初来た時には「ようこのような所に来たね。どのように教会を建てていくの。教団も無責任だね」と言われました。

     確かに3年間の「家の教会時代」は大変でした。3人の内の2人の子どもがお世話になったお寺の住職は、私が鳥栖の中でも片田舎の儀徳町に住んで伝道しているのを聞かれて、「ここのお寺の檀家さんを回してあげようか」と言われました。それぐらい同情してくださったのです。田舎町だからこそこのような言葉が出たのでしょう。

     3年経ちまして教会堂が具体化して、いよいよ献堂式にこぎつけました。参列してくださいました中に、あの「パン屑牧師:加来国生師」が会堂の入り口の三角屋根の上の十字架を見上げて、「日下部牧師、先生は良く頑張ったね。さあいよいよだね。」と励ましてくださいました。同席の理事長に「日下部牧師を一生この佐賀伝道に遣わしてよね」と、命令口調で言われていたのを思い出します。九州7県でナザレン教会が無かったのは佐賀県だけだったのです。佐賀伝道に生涯を捧げてこられた加来牧師(元ナザレン教会牧師)にとって、この地にナザレン教会が建ったのがよほど嬉しかったのでしょうね。

     教会堂が建ったので多くの方々が来られ、救われ、転入されて来ました。会堂の信頼性、また広い土地を有効に使ったコロニーの働きが浸透して、多くの方々に知られて来ました。

    「いと小さき者に愛を・・・」(マタイ25:40)が実践として実を結んできたのです。

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