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牧師コラム

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鳥栖開拓伝道の最初の思い出
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    〇鳥栖開拓伝道の最初の思い出:

     1983年(昭和58年)4月から鳥栖開拓伝道に従事しました。私が40歳の時でした。東京のナザレン神学校を卒業しまして、幼い子ども3人と妻の5人家族で、東京を旅立ち途中でそれまでお世話になった教会に立ち寄り、やっと鳥栖に辿り着きました。3月末の雨の夜でした。疲れ果てた子どもが泣いて途方にくれたのを昨日のように思い出します。6帖2間の部屋を先に着いていた荷物を片付けて、子どもを早く寝させて落ち着かせなければと思いました。生活に落ち着くのに2週間ぐらいかかりました。

     最初の1週間は諸手続きに奔走しました。やっと子ども達の保育園や小学校の手続きをして、特例処置で許可されて通い始めました。保育園は送り迎えがありますので最初は大変でした。鳥栖市の郊外の儀徳町という所で3年間住みました。まさに「家の教会」でした。日本の中で有名な超保守県である佐賀県に、いきなりキリスト教の教会と言っても、誰も見向きもせず3年間は公私共々大変でした。

     

    「涙をもって種蒔くものは、喜びの声をもって刈り取る。種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。」詩編126:5〜6

     

    3年間で2万枚のビラ(無料提供)を配布し、車にスピーカーをつけて鳥栖中を何回も巡りました。生活も伝道も大変でしたが、神様は私たちを見捨てず、時間はかかりましたが色々な実を結ばせていただきました。苦闘していた時に同じ佐賀県で伝道されていた加来国生牧師(有名な通称パン屑牧師)が来てくださり「ここは伝道が大変難しい所だけれども、日下部先生の中にあるものがあるなら大丈夫だよ」と励ましてくださいました。それから何回も来て献金もしてくださり、先輩(私の母教会の京都本町教会の戦前の大先輩)牧師として色々なアドバイスもしてくださいました。

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