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牧師コラム

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献身について
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    〇献身について:

     私は1980年に京都本町ナザレン教会から献身し、東京のナザレン神学校に入りました。それまで東京にはほとんど行ったことがありませんでした。当時、神戸塩屋の神学校もありました。知人が行ったりしていましたので、そちらでも近いし、いいのではないかと願書を取り寄せたこともありました。それは家族(4人)もいたからです。私も37歳になっていました。大学を出て、結婚して家族も出来て、15年間社会人として働きました。教会でも役員として、また信徒学校も出ていましたので、牧師先生(私の時は青木師、樋口師)が不在の時は奨励をさせていただいていました。会社では猛烈社員として働いていました。朝早く車で20分から30分かかり「教会で一人早天祈祷」をしてから会社に駆けつけていました。夜も遅く、いつも9時〜10時頃になりました。日曜は朝から教会に行き、夜の伝道集会が終わるまでいました。今思えばよく体がもったなあと振り返ります。

     献身に結果的には15年間の備えが必要でした。社会人として一番いい時に献身の決断が迫りました。皆さんが反対されました。会社のこと、家族のこと、年齢のこと・・・。

     でも主は導かれたのです。5年間反対していた妻がやっと賛成してくれました。最初は京都で働きながらサポートするとのことでした。結果的には一緒に東京で苦労を共にするとのことになりました。会社も猛反対で、献身を一年遅らせて後継者をつくり許可してくださいました。当時大切な部署の責任者をしていましたので、いきなり献身とはいきませんでした。最初は樋口師も「無理をしないで」と言ってくださいました。会社の社長も樋口師や妻に面会して、必死で嘆願されました。会社に残ってくれれば、働きながら伝道したらいいから、何でもサポートするからと言ってくださいました。

     色々なことがありましたが、主は道を開き1980年に東京のナザレン神学校に入り、1983年に卒業し、鳥栖開拓を命じられたのです。幼い子ども3人かかながらの出発でした。青年や社会人の方々にお願いしたいのです。献身してください。必ず主は共にはたらいて助けてくださり、大いなる祝福与えてくださいます。「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益になるように共に働くということをわたしたちは知っています。」ローマ8:28

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