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牧師コラム

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教会がそこに存在すること
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    〇教会がそこに存在すること:

     鳥栖市は今、人口7万人余りになりました。30年間で約1万人増えたのです。九州の中心地として、多くの企業が集中しています。交通網も発展して九州各地に日帰りで行けます。新幹線も着き飛躍的な発展をしました。高速道路は東洋一のジャンクションになり、今後ますます重要な拠点になります。

     ところがキリスト教会だけは増えません。佐賀県自体が全国のワーストワンの教会数です。鳥栖市にもプロテスタント教会は3~4ケ所ぐらいです。30年前にも2ケ所ぐらいでした。

    福音の不毛の地と言われました。当時、あの「パン屑牧師の加来国生師」に「佐賀伝道、鳥栖伝道は並々ならぬものだ」と言わしめたものでした。そこへ神学校出たばかりの者が「鳥栖開拓伝道」と言われて、5人家族が東京から来たのですから、驚かれました。1983年4月から家の教会(6帖2間で5人家族の住まい兼集会所)としてスタートしました。5月の開所式兼牧師就任式に、当時の理事長であった土肥 忍師(大阪桃谷教会牧師)が来られて、現状を見られて、「先生、無理だったら言ってくださいね。また別の教会を考えますから」と言われるほど厳しい状況でした。

     確かに家の教会の3年間は戦いの連続でした。宣教も生活もでした。しかし主は奇蹟を見せてくださいました。やがた夢にまで見た広い土地と教会堂を与えてくださいました。417坪の土地に会堂と牧師館が一体となった建物が建ち、後程には宿泊施設まで建築されました。そこから種まきされた実が実り、多くの魂が救われました。当時の魂はすべて天国に行かれたり、色々な問題が起こった時に他教会に転会されて行かれたそうです。

     昨年、引退した私がそのような状況の中で22年振りに鳥栖伝道所に担務として遣わされました。最初の開拓者が同じ伝道所に22年後に再び遣わされるという驚くべき出来事に、神の大きな計画を知らされました。何回も無牧の時もありましたのに、よく閉鎖されないで今あることを覚え感謝しています。この地にキリスト教会が存在し、牧師が遣わされていることの尊さを思わずにおられません。どうぞお祈りください。これから主は何をなさるのでしょうか。ハレルヤ!

    | - | 21:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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