SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

05
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

牧師コラム

<< 想い出の牧師方 | main | 想い出に残る韓国教会牧師方 >>
私の想い出に残る牧師方
0

    〇私の想い出に残る牧師方:

     今回はアジアおよび在日の牧師先生方の想い出を書きたいと思います。多くの先生方との交流がありました。約30~40年前からの交流であり、私なりに「韓国や台湾教会との橋渡し」をさせていただいたのではないかと思っています。

     先ず韓国の「監理教:メソジスト」(韓国では長老教会と並び大きな教団です)の「催 明換牧師」です。30数年前に福岡であった日韓教役者セミナーで多くの日韓の牧師が集まり、その中のおひとりでした。3日間ありましたが、ある礼拝で日本側の牧師が欠席されて、私に急遽してほしいとの要請があり、60分ほどの説教をさせていただきました。今思えば聖霊のお導きだったのですね、み言葉を語るうちに「戦責告白」ー次々と出てきて涙を持って「日本の犯した罪をお許しください」と訴えていたのです。その礼拝が終わると、ある長老牧師が私のところに駆けより「日下部先生、よく語ってくださいました。本当に感動しました。ぜひ韓国に来て、多くの教会で今日のようなお話しをしてください」。さらに「私が今後、日程を組み、通訳もします」とのことでした。何とそれから5年~10年間の訪韓が実現して、20回〜30回ほど韓国教会を訪問して、説教他の奉仕をさせていただきました。当時はまだまだ厳しい日韓関係が続いていて、「近くて遠い国」と言われていました。

     最初に私が訪韓したのは、以前にも書きましたが本田弘慈師と森山 諭師のカバン持ちとして行ったのです。その時に両先生がどの集会でも「地べたの祈り」をされて「戦争の謝罪」をされたのです。まさか今度は私自身がするとは思いもしませんでした。「キリストの愛にあって許します」と行く先々で教会の人々が涙を持ってハグし、親しい交わりを持ってくださいました。催 明換先生、有難うございました。今はもう天国に行っておられるのではないでしょうか。南北動乱で身ひとつで逃げて、あのハンガンを泳ぎ、南鮮にたどり着き、教会を作り、日韓の架け橋になってくださった牧師でした。南北統一の祈りとご家族との再会を願い、「日下部先生お祈りをよろしくお願いいたします」と、いつも篤く願われた牧師でした。

    | - | 11:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









    http://p-kusakabe.i-nazarene.com/trackback/604