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牧師コラム

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慰めの共同体である教会
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    〇慰めの共同体である教会:

     皆さんは「キリスト教会」をどのように考えられていますか。また見ておられますか。多くの人々は「慰め」を必要としています。逆に言えば「慰め」を必要としない人々はほとんどいないのではないでしょうか。日本大辞典では、慰めを「キリスト教では、悲しみや悲しみにある者、弱い者を神が励ますことを言う」となっている。

     「慰め、慰める」はギリシャ語で、「パラクレーシス、パラカレイン」と言います。「パラ」は「傍ら」、「カレイン」は「招く、呼ぶ」との意味の合作です。その言葉から「パラクレートス」という言葉が生まれました。助けを必要としている人の傍にあって、「助け、慰め、弁護」してくださるのです。「助け主」ともいわれ、「神の御霊」を指すのです。

     キリストの教会はそのような神の働かれるところです。教会は「エクレシア」とギリシャ語で呼ばれ、「呼び集められた者の群れ」と言われます。現在のキリスト教会はそのような「慰めの共同体」になっているでしょうか。

     社会の中でキリスト教会が果たす役目は尊いです。長く京都でラジオ福音放送「心のともしび」をされて、日本に骨を埋められたカトリックのジェームス・ハヤット神父は、「暗いと不平を言うよりも、進んであかりをつけましょう」と、いつも放送の冒頭に流しておられました。色々な方法を通して福音伝えられ、教会が慰めの共同体になりますように・・・。

    | - | 15:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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