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牧師コラム

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鳥栖開拓伝道とパン屑牧師
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    〇鳥栖開拓伝道とパン屑牧師:

     1983年4月に神学校を40歳で出て、遣わされたのが佐賀県鳥栖市の開拓伝道でした。今から35年前のことです。3月終わりに東京から着き、平屋の6帖2間の借家での生活が始まりました。幼い子供3人と妻と5人家族が、全く知らない片田舎の中でどのように暮らし、伝道して行ったらいいか途方にくれたスタートでした。

     当時、ナザレン教会は九州7県の中で佐賀県だけが、教会が無かったのです。九州は1つの地区でした。当時の理事長に少し早いけれども、九州の中心地、九州のへその緒と言われる鳥栖は将来必ず中心になるから行って開拓伝道するようにと言われて派遣されました。やがて新幹線も着き、テクノポリスの中心地として発展するからとの事でした。

     鳥栖伝道所が出来て九州ナザレン教会は分割されて、南と北の2つの地区となりました。南は熊本から宮崎まで、北は北九州から長崎までになりました。

     次の理事長が来られて「開所式と牧師就任式」をして頂き、その席にバプテスト教会の創立者で佐賀バプテスト教会の加来国生先生(パン屑牧師で有名)が来てくださいました。それから亡くなられるまで何回も奥様同伴で来てくださり励ましをいただきました。加来先生は戦前は京都本町ナザレン教会(当時の本部、神学校)出身で、私の大先輩にあたる方です。先生は常々「わしは半分はナザレン人と思い、ナザレン教会を応援している」と言われ、本当に物心両面で応援してくださいました。心の広い魅力的な牧師先生でした。教会成長に13年間もかかりましたが、素晴らしい広い土地(417坪)に教会、宿泊施設が建ち、色々な働きをして地域に信頼された共同体としての教会が出来上がりました。新幹線の新鳥栖駅も近くに出来、教会の目の先を新幹線が走っています。30年余り経ってやっと将来性が出てきたのです。教会の働きは長い計画とビジョンが必要と思いました。日本で最も不毛の佐賀の地に1つのキリスト教会が出来て、今も伝道を継続中です。お祈りください。

    | - | 15:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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