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牧師コラム

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牧会伝道35年の感想と感謝
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    ■牧会伝道35年の感想と感謝:

     皆さまのお祈りに支えられて牧会35年目に入り、来年3月末で35年間の働きを全ういたします。40歳で牧師としてスタートいたしまして、5っの教会を牧会させていただきました。幼い子供を3人抱えて、佐賀県鳥栖市の家(平屋2間)の教会から開拓伝道に入り、13年間の長きにわたり伝道いたしました。データーでは日本で50年間に渡り、最も困難と言われた佐賀県でゼロからの開拓伝道でした。神学校を出たての者にとって何から手を付けていいか全くわからない手探り状態でした。まず超保守的な地域の住民が何を最も望んでおられるのかを知る必要がありました。そこで3つの問題点が浮かんでまいりました。,通椶論直年問題でした。△通椶鷲臓平歓函砲量簑蠅任靴拭つ目はキリスト教異端問題でした。

     当時は青少年は荒れていました。そのために私は「青少年育成委員」になり、「pTA役員」、そして「少年野球のコーチ」になりました。そのうちに私の存在が知れ渡り、常会、区会なんかがあると上座に座らせられて、少々恥ずかしかったです。

     当時、病の問題は大変な広がりを持っていました。特に「未期のガンの方々」が多くおられ、ホスピスのターミナルケアーが大きくクローズアップされました。私も積極的に関わり、栄光病院や、大阪では湯川胃腸科病院のホスピスにチャプレンとして加わりました。多くの方々が導かれて、信仰を持って天に召されました。

     当時、キリスト教異端は社会の大きな問題になっていました。特に青年層が入り、家族との断絶があり、おおきな悲しみを家族に与えていました。私は大げさになりますが、命がけで取り組みました。多くの若者が間違いに気づいてそこから抜け出してくれました。

     鳥栖開拓はそのような働きを通じて、地域に信頼され、多くの方々が教会(伝道所)に出入りされるようになりました。広い土地も、会堂、牧師館、宿泊施設も、そのような命に直結する難問題から救われた多くの家族から捧げられた献金によって出来上がったのです。

     今回は最初の鳥栖開拓だけに限定しましたが、振り返りますれば本当に感謝な13年間でした。機会があればあと4つの教会の牧会についても書かせていただきたいと思います。

    | - | 11:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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