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牧師コラム

八幡教会応援
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    〇八幡教会応援:

    14日(日)は八幡教会に行ってきました。4月から無牧になり、地区牧師が交代で応援に行っています。14日は私も住まいの宗像(福岡市と北九州市の中間に位置します)から、JR鹿児島線の快速に乗りまして行きました。25分で八幡駅に着きました。普段だと同じ鹿児島線で博多、鳥栖に行きます。快速で片道65分かかります。(区間快速だと75分ほど)

     さて八幡教会はあのパン屑牧師の加来国生牧師が開拓された教会です。途中で何人もの牧師が交代されて現在に至っています。丘の中腹にあり急坂なために車で行くのは慣れていないと大変です。昔、福岡教会の本末牧師が車で来られた時に、途中で交代して坂を上がり、教会の駐車場に入れたのを思い出します。先生は確か60~70歳で車の運転免許を取られたのではなかったかと思います。あの福岡のど真ん中で運転されるので驚きました。

     八幡教会は現在は少数です。でも古い方々がしっかりと教会を守っておられます。この近年は無牧や牧師が短期間で交代されて落ち着いた牧会宣教が出来ず、残念な状態が続いています。色々な問題もあるでしょう。早く定住の牧師が与えられ、教会が安心して宣教、運営されていくことを願います。信徒も牧師を支えて、牧師と一体となり宣教に励んでいただきたいと思いました。

     14日の礼拝に旧知の姉妹が来てくださいました。とっても嬉しかったです。礼拝が終わり食事会が教会員共々されて、良い交わりをされて感謝でした。今後、八幡教会が祝福されることを祈りつつ帰途につきました。

    | - | 17:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    特伝や礼拝奉仕について
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      〇特伝や礼拝奉仕について:

       14日(日)の礼拝に八幡ナザレン教会で奉仕いたします。約半年ぶりです。4月から八幡教会は無牧です。地区牧師が交代で奉仕に勤めています。と言っても各自が自分の教会もあり、距離も相当(たとえば長崎からは3時間近くかかります)あり大変です。1年に3~4回行ければいいでしょう。ともかく八幡教会はこの2~3年色々な問題で揺れて来ました。

       14日はエフェソ4:12~16から「成熟した人になりましょう」と題してメッセージいたします。どうぞお祈りください。

      特伝や礼拝や諸集会に今まで随分奉仕してきました。教会や超教派の集会にはそれぞれ特色があり、理解した上で備えないといけません。また主催者になりますと、色々と全体的に気をつかいます。また老人ホームや病院(特にホスピス)、刑務所等の奉仕を数多くさせていただいて来ました。大都市(東京、大阪、福岡等)は人口も多いので、大集会が多くありました。5000人〜10000人集会になると、奉仕者も多く必要になります。経済的にも多額の費用がかかります。準備期間も1年〜2年ほどかかります。実行委員会を作り、綿密な計画を立案し、人々を配置し、それぞれに委員会の責任者が立てられます。

       私は全国の各地区の教会に任命されて来ましたので、超教派の働きに自然に加わることになり、いつも責任者の一人として選ばれ、奉仕を続けさせていただきました。いつも強力なスタッフに支えられてすばらしい大会を各地でさせていただきました。勿論、背後に世界的な宣教団体が支えになって下さいましたのは幸いでした。

       教会にせよ、超教派にせよ、宣教にたいする使命感がないと出来ませんですし、働き人が喜んで参加、奉仕出来ることが大切です。

      | - | 11:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      7月の行事について
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        〇7月の行事について:

         今年も早いもので半年が過ぎて7月に入りました。この2~3日、南九州、熊本等が豪雨に見舞われ、大きな被害や交通網が寸断されています。災害に遭われた方々にお見舞いと復興をお祈りいたします。自然災害は予想しないかたちで来ます。今や日本のどの地方で起こるか分かりません。どこに来ても不思議ではないのです。

         さて7日は7月最初の礼拝です。私は初穂の礼拝と呼んでいます。CS礼拝では手作りの紙芝居を用いて行われます。万能の時代に原始的な紙芝居が用いられることは大きな意味があり、子どもたちも食い入るように見ています。

         その後に続けて行われる一般礼拝にはほとんどの人が続いて出席されています。少数ですので牧師はCSメッセージをしたり、一般礼拝の司会と説教をしたりする時もあります。何でもやらなければ開拓教会の奉仕になりません。でもおかげ様でその司会やCS奉仕も減ってきています。それだけ礼拝人数、奉仕者が少しずつ増えて来ているのでしょうね。ありがたいことです。1日には福岡でグリーンコープが取り組んでおられる「抱樸館福岡」の福祉事業である「無料定額宿泊施設」の働きの説明会と葬儀への協力依頼の時がもたれました。牧師が約20名ぐらい参加いたしました。大変尊い働きで、参加者一同考えさせられました。生活困窮者のためのハウス(家)とホーム(心のよりどころ)になることを願い、地域で自立した生活が出来るようにと支援されている働きです。

         14日(日)は無牧の八幡教会の礼拝奉仕に出かけます。牧師不在にはDVDで礼拝メッセージを守ります。私の1年間の礼拝メッセージ40分(テレビ:CGNTV)がありますので、いつでも聞けますので便利です。全国に放映された分です。礼拝メッセージそのままです。52週分あります。便利な時代になりました。CDは声だけですが、DVDは姿も声もありのままですので、いつもの礼拝と違和感はありません。7月が主に祝されますようにお祈りください。特に無牧の教会のためにお祈りいたします。

        | - | 15:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        健康について
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          〇健康について:

           いよいよ7月に入りました。皆さんのお体は大丈夫ですか。毎日不順な天候が続き、健康のコントロールが大変ですね。九州(特に南の方)は今豪雨で大変です。被害がこれ以上広がらないように祈ります。

           さて、健康には検査数値も重要になります。私も定期的に血液検査等をしています。以前に人間の体は弱アルカリ性の状態がいいと聞いたことがあります。6という数値を中心に、これを超えると酸性、6以前だとアルカリ性と聞いたことがあります。例えば、尿酸値をとっても数値が6前後だといいらしいです。私は薬をのんでやっと6.5です。飲まないと9を超えます。男性の6割が体質をもっているといわれ、最近増えている「前立腺、前立腺がん」は、PSA数値(血液検査値)が4~5を超えると気を付けて、8~10ぐらいになると治療が必要になるのです。最近は重量子?治療(300万円、昨年10月からやっと保険対象に認定)等もあります。血液検査の時にオプションにはなりますが必ず検査に加えています。だいたい2.5~2.7ぐらいです。無呼吸治療も5を越えない程度でいいらしいですが、私は2.5~3ぐらいです。毎夜8年間Cパップ(酸素、空気吸入器)をかぶり続けています。この装置を使用してこの数値です。数字ばかり並べて申し訳ありませんでした。

           成人病の3つの原因は“酲、運動不足▲好肇譽后↓食事変調らしいです。私は全部あてはまります。困ったものです。意志が弱いものですから、なかなか改善が出来ずに来ています。後期高齢者に昨年になり、1つでも実行したいと思っています。

          「~あなたがたの霊も魂も体も何一つ欠けたところのないものとして守り~」(第一テサロニケ5:23)

           

          | - | 10:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          牧会伝道について
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            〇牧会伝道について:

            牧師になりますとトータル的な面が問われてきます。ただ伝道しておけばいいとか、牧会しておけばいいとかと短絡的になると、どこかで躓きが出てしまい教会が正常に機能しません。勿論、教会は牧師だけのものではありませんが、牧師の指導力が大きな力と方向性になります。

             私は今まで色々な教会を牧会してきました。開拓、小教会、大教会、事業を抱える教会と様々でした。地方教会と都会の教会と分けることもできます。前にも書きましたが、私のベースにある経験は、大学を出て社会人として15年間働いたことと、鳥栖で13年間にわたり「開拓伝道」したことが大きな経験になっています。そして超教派の働きにおいても、どの地方でも責任者として働かせていただきてきたのです。ある面では遣わされた各教会は不思議と困難な課題が山積みでした。でも主は不思議な方法で解決与え、教会員を増してくださいました。それは本当に感謝なことでした。35年間の牧会伝道は大変でしたが、楽しくもありました。家族に言わせれば「お父さんは牧師だから当たり前だけれども、家族は随分犠牲になったのだよ」と言います。さらに「もうこれで本望だよね」とも言います。確かに家族はそばにいつもいて、何もかも知り、苦楽を共にしてくれたのですから。特に妻には経済的な苦労をかけて来たと思います。特に神学校の3年間、開拓の13年間は働いて家族を支えてくれましたから。

             元へ戻りますが、最近牧師職が続かないと言われるケースをよく聞きます。その原因は色々あると思いますが、牧師としてバランスをとって牧会伝道しているだろうかと思わされます。それ以上は書きませんが、昔はどの地区にもべテランの牧師がおられて、よく悩みや相談にのってくださり、励まされて現場に帰ったものです。「牧師の牧師」といわれた方々が最近はおられないように思われます。経験豊かな先生が「私も同じ悩みを持ったんだよ」と言って下さるだけでホットしたものです。

             

            | - | 21:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            献身者待望
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              〇献身者待望:

               今、献身者が不足しています。どの教派も献身者が起こることを祈り、待望しています。中には立派な神学校もあるのに神学生がいない所もあります。日本の教会では牧師がおられない、または兼牧(2つの教会をひとりの牧師が兼ねて牧会)のところも多くあります。牧師も高齢化して平均65歳から70歳と言われています。定年制のある教団では定年を遅らせたり、定年後も何年かは牧会していただくケースが多いです。超教派でのケースですが、私の周りでも最近牧師が辞められて、どこへ行かれたか分からないケースがあります。それぞれの教会には代務者が立てられています。

               献身者が圧倒的に少ないのです。勿論、多い教団あるかも知れませんが、多くの場合には聞くところによりますと少ないのは間違いありません。

               私は1980年に京都の本町ナザレン教会から37歳で献身して、東京のナザレン神学校に行きました。4人(妻と2人の幼子)で上京いたしました。神学校でもう一人生まれました。社会人として大学卒業後15年働きました。28歳で同じ教会員と結婚しました。1983年に卒業して「鳥栖開拓伝道」に5人家族で東京から佐賀に来ました。35年間に全国の5教会に赴任いたしました。九州、京都、大阪、東京、九州と回りました。昨年3月末で引退いたしました。同時に担務として鳥栖で再び再開拓伝道、牧会しています。

               私の献身の御言葉は、テモテ第二の手紙1章6~8節です。今76歳ですが、再び伝道牧会に情熱を燃やしています。ナザレン教団は5月には「神学校月間」、8月には「青年日月間」を持っています。全国の主にある信仰の友よ、献身に立ち上がってください!

               

              | - | 10:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              教会の在り方
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                〇教会の在り方:

                 現在は「教会の多難時代」と言われています。色々伝道しても人が集まらないし、たとえ集まったとしても続かない。どこに問題があるのでしょう。私の青年時代はどの教会にも50~100人ぐらいの人々が礼拝に出席されていました。CS(教会学校)も子どもたちで溢れていました。学年によっては複数の教師が必要でした。

                 お隣の韓国でも、教派を超えてどの教会にもけた違いに人々が集まっていました。20数年前に韓国のナザレン教会宣教大会に招かれたことがあります。その時に1000名の方々が洗礼を受けられ、その7割が青年でした。その半数が献身の手を挙げました。わたしは非常に感動を覚えたの思い出します。韓国の長安という所に「韓国神学大学」があります。2万坪の敷地におおくの建物が立っています。以前、そこでお話を学生たちにしました。韓国でも有数の大学だそうです。

                 改めて日本の教会の現状に目を戻しましょう。7000のプロテスタント教会で、実際に礼拝守る人々は60万人ぐらい言われています。人口の0.5%になるでしょうか。かつては10%(1000万人)救霊と言われていました。確かにどの教会も礼拝人数も少なく、教会学校も開いてなく、青年も教会に余り集まらず、危機感一杯です。かつてケズィックの講師が、英国の教会が博物館や、図書館、イスラムの会堂になったりして寂しいと言っておられたのを思い出します。

                 でも教会は地域に必要です。霊の泉として人々の飢え渇きに答え、命を与える所です。キリストの体である教会こそ絶対に必要です。祈り求めましょう。あの初代教会のような聖霊に満ちた共同体が生まれてくることを切に祈り求めます。

                | - | 15:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                父の日
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                  〇父の日:

                   16日(日)は「父の日礼拝」です。父の日はアメリカから始まりました。ソノラ・スマート・ドッドと言う女性が、男手一つで6人の子供を育てた父に感謝していました。1905年5月に教会であった母の日のお祝いに出席していた彼女は、「なぜお父さんの日はないのだろう」と疑問に思い、牧師に提唱して1910年6月第3日曜日に「父の日お祝い会」が実現したのです。1972年6月第3日曜日にアメリカで「父の日」は正式に国の祝日に制定されたのです。母の日に比べて随分時間がかかりました。日本でも「父の日」は最近でもなかなか浸透していません。

                   16日は私達の教会でも記念礼拝を持ち、ささやかな記念品をお父方に贈ります。「あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜る地で、あなたが長く生きるためである。」(出エジプト記20:12)と聖書は語ります。

                   私の父は72歳で脳出血で亡くなりました。原因はお酒の飲みすぎでした。完全な「アル中」でした。誘因は45歳で妻を亡くし、お酒に溺れたからでした。2代続いた「国鉄一家」で、エリートでした。ところが私の母が40歳で病死したのです。それからは家族は崩れました。私の7歳の時でした。小学校へ入ったばからの5月25日に母は亡くなりました。敗血症でアットいう間に亡くなりました。それからは家庭は真暗闇になりました。小学校、中学校、高校、大学と私の青少年時代は人に言えないぐらいの時を過ごしました。しかしそれが逆にイエス様にお出会いし、救いに与るきっかけになったのです。「人は心に自分の道を考え計る、しかし、その歩みを導く者は主である。」(箴言16:9)ハレルヤ!

                  | - | 07:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  教会がそこに存在すること
                  0

                    〇教会がそこに存在すること:

                     鳥栖市は今、人口7万人余りになりました。30年間で約1万人増えたのです。九州の中心地として、多くの企業が集中しています。交通網も発展して九州各地に日帰りで行けます。新幹線も着き飛躍的な発展をしました。高速道路は東洋一のジャンクションになり、今後ますます重要な拠点になります。

                     ところがキリスト教会だけは増えません。佐賀県自体が全国のワーストワンの教会数です。鳥栖市にもプロテスタント教会は3~4ケ所ぐらいです。30年前にも2ケ所ぐらいでした。

                    福音の不毛の地と言われました。当時、あの「パン屑牧師の加来国生師」に「佐賀伝道、鳥栖伝道は並々ならぬものだ」と言わしめたものでした。そこへ神学校出たばかりの者が「鳥栖開拓伝道」と言われて、5人家族が東京から来たのですから、驚かれました。1983年4月から家の教会(6帖2間で5人家族の住まい兼集会所)としてスタートしました。5月の開所式兼牧師就任式に、当時の理事長であった土肥 忍師(大阪桃谷教会牧師)が来られて、現状を見られて、「先生、無理だったら言ってくださいね。また別の教会を考えますから」と言われるほど厳しい状況でした。

                     確かに家の教会の3年間は戦いの連続でした。宣教も生活もでした。しかし主は奇蹟を見せてくださいました。やがた夢にまで見た広い土地と教会堂を与えてくださいました。417坪の土地に会堂と牧師館が一体となった建物が建ち、後程には宿泊施設まで建築されました。そこから種まきされた実が実り、多くの魂が救われました。当時の魂はすべて天国に行かれたり、色々な問題が起こった時に他教会に転会されて行かれたそうです。

                     昨年、引退した私がそのような状況の中で22年振りに鳥栖伝道所に担務として遣わされました。最初の開拓者が同じ伝道所に22年後に再び遣わされるという驚くべき出来事に、神の大きな計画を知らされました。何回も無牧の時もありましたのに、よく閉鎖されないで今あることを覚え感謝しています。この地にキリスト教会が存在し、牧師が遣わされていることの尊さを思わずにおられません。どうぞお祈りください。これから主は何をなさるのでしょうか。ハレルヤ!

                    | - | 21:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    ペンテコステ礼拝
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                      〇ペンテコステ礼拝:

                       6月9日(日)は「ペンテコステ礼拝」です。また「花の日、子どもの日」にもなっています。多くの記念日が重なっています。一般礼拝では使徒行伝2:17~21で「わたしの霊を注ごう」と題してのメッセージです。イエス様の約束であった「聖霊」が豊かに注がれたのです。120名の人々があの2階座敷(アッパルーム)で心を一つにして祈った結果でした。

                       聖霊に導かれて人々は集まり、弟子たちは勇気づけられ、ペテロの説教で3000人も救われたのです。そして初めて「教会」が誕生したのです。キリストの共同体を形成して、大いに福音が広がり、すばらしい働きがあちらこちらにうまれて来たのです。

                       私が九州の佐賀県鳥栖で36年前に開拓伝道させていただいた時も、初代教会に似た働きが次々に起こりました。「キリストの愛の共同体づくり」「キリストのコロニー」「心と体の健康」を掲げて、大きな実を結びました。地域と色々なつながりを持ち、信頼関係を構築して前進しました。福音のためなら何でもしました。どこへでも出かけて行きました。その結果、多くの方々が教会に集い、そこから救われる魂が毎年多く与えられました。

                       ペンテコステのような聖霊の力が、日本の約7000の教会に注がれ、真のリバイバルが起こることを願い祈ります。私もこの鳥栖で開拓伝道に再チャレンジしています。75歳からの第3の人生に老骨にムチ?を打って昨年から立たせていただいています。 

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