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牧師コラム

敬老感謝礼拝を前にして
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    〇敬老感謝礼拝を前にして:

     15日(日)は「敬老感謝礼拝」です。引退前の飯塚ナザレン教会は75歳以上の方々が30名前後でしたから、特別な食事会で祝いの時がもたれました。記念品も女性会が準備してくださいました。ところが鳥栖チャペルは75歳以上は牧師である私と、今入院中のM姉の2人だけです。今まで余りこのような感謝会(教会暦や準教会)はされていなかったようで、今回も頂く側の者が言うのも変な感じですが、これからは教会員に教えていく必要があると感じています。教会には色々な行事や、教会暦もあります。またナザレン教団の月間の記念目標が毎月のようにあります。例えば、この9月は「教会学校月間」です。祈り、袋献金で捧げるのです。牧師は月初めの礼拝でその月間の記念メッセージをするのです。

     私は出来るだけ、月間のメッセージの中で、その起源、内容、今の私達にたいする取り組み、使命を御言葉から語るようにしています。私は36年間の礼拝で、1ケ月前に御言葉と説教題、讃美歌を予告してきました。奏楽者や司会者、参加者の備えになりますので、これは必要と感じています。

     一般的には「連続講解説教」をしてきました。教会暦や準教会暦の時は、それに応じてしました。私は教会暦や準教会暦を大事にしてきました。例えば「召天記念会」等も大切に思います。しかし、教会には歴史があり、また前任者の方針、教会の規模もありますので一概に出来ません。今回、大きな教会(礼拝が70〜80名)から再開拓伝道のチャペル(礼拝が7〜8名)では余りにも格差があり、戸惑うことが多いです。腰を据えて取り組まないと精神的にまいります。ともかく今までお守りくださったことを感謝します。全国にある高齢者の皆さんの祝福をお祈り申し上げます。

    | - | 11:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    体調管理と日々の生活
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      〇体調管理と日々の生活:

       9月に入り10日間が経過いたしました。2回の礼拝も守らせていただきました。9月は「ナザレン教会学校月間」にもなっています。もう一方では敬老月間でもあります。聖会もあります。先日には福岡女学院の招待牧師会にも出させていただきました。

       引退しまして早や1年半になります。来年の4月が来ますと77歳の喜寿を迎えます。ある先日、ある信徒の方が「先生はまだお若いですよ」と言ってくださいました。気持ちの問題を言ってくださったと理解して、いつまでも若い気持ちでいたいと思っています。15日の礼拝は「敬老日祝福の礼拝」です。詩編119:17〜24「豊かに生きながらえさせて下さい」とのメッセージをさせていただきます。

       女性が86歳、男性が79歳との日本の平均寿命がデーターで上がつています。世界一長寿国とのことですが、感謝なことです。もう一方では少子化がひしひしと押し寄せています。教会も同じようになりつつ、危機感一杯です。

       さて、体調管理の問題ですが、何をしても健康でないと実を結びませんね。私も今日は1ケ月に一度の検診日です。今日は特に血液検査と首のエコー(血液の流れを知る)検査をうけます。そして幾種類の薬をいただいています。体も心も霊も健全でありたいといつも思っています。皆さんもお体を大切にしてください。皆さんのお祈りにもいつも感謝しています。

      | - | 10:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      献身について
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        〇献身について:

         私は1980年に京都本町ナザレン教会から献身し、東京のナザレン神学校に入りました。それまで東京にはほとんど行ったことがありませんでした。当時、神戸塩屋の神学校もありました。知人が行ったりしていましたので、そちらでも近いし、いいのではないかと願書を取り寄せたこともありました。それは家族(4人)もいたからです。私も37歳になっていました。大学を出て、結婚して家族も出来て、15年間社会人として働きました。教会でも役員として、また信徒学校も出ていましたので、牧師先生(私の時は青木師、樋口師)が不在の時は奨励をさせていただいていました。会社では猛烈社員として働いていました。朝早く車で20分から30分かかり「教会で一人早天祈祷」をしてから会社に駆けつけていました。夜も遅く、いつも9時〜10時頃になりました。日曜は朝から教会に行き、夜の伝道集会が終わるまでいました。今思えばよく体がもったなあと振り返ります。

         献身に結果的には15年間の備えが必要でした。社会人として一番いい時に献身の決断が迫りました。皆さんが反対されました。会社のこと、家族のこと、年齢のこと・・・。

         でも主は導かれたのです。5年間反対していた妻がやっと賛成してくれました。最初は京都で働きながらサポートするとのことでした。結果的には一緒に東京で苦労を共にするとのことになりました。会社も猛反対で、献身を一年遅らせて後継者をつくり許可してくださいました。当時大切な部署の責任者をしていましたので、いきなり献身とはいきませんでした。最初は樋口師も「無理をしないで」と言ってくださいました。会社の社長も樋口師や妻に面会して、必死で嘆願されました。会社に残ってくれれば、働きながら伝道したらいいから、何でもサポートするからと言ってくださいました。

         色々なことがありましたが、主は道を開き1980年に東京のナザレン神学校に入り、1983年に卒業し、鳥栖開拓を命じられたのです。幼い子ども3人かかながらの出発でした。青年や社会人の方々にお願いしたいのです。献身してください。必ず主は共にはたらいて助けてくださり、大いなる祝福与えてくださいます。「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益になるように共に働くということをわたしたちは知っています。」ローマ8:28

        | - | 10:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        自然の脅威
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          〇自然の脅威:

          昨年からこの北部九州は台風や豪雨で自然の脅威に立たされました。今週も大雨で全国の皆さんにご心配をおかけいたしましたが、守られて大丈夫でした。昨日の祈祷会にチャペルに行き点検して確認いたしました。いつもお祈りに覚えていただき有難うございます。

           昔、鳥栖の地に住んでいたころには、台風が連続して来て、風速50〜60メートルの時もありました。夜でしたので生きたここちがしませんでした。私は幼いころに実家が大雨の時に何度か床下浸水して大変な状態になったのを覚えています。また就職していた時に、会社の倉庫が隣家の火災で燃えた時の事を思い出します。火と煙の回りの速さが想像よりもはるかに早く、恐ろしい思いをしました。連絡を受けて点検に入ったのですが、一歩間違えれば命を落とすところでした。火や煙、水等の自然をを甘く見たら大変なことになることを体験しました。

           20年以上も前の「神戸・淡路の大災害」では6000人以上の方が亡くなりました。また目の前に見た「雲仙大火砕流」の災害は、本当に恐ろしい光景でした。近年、台風や豪雨の被害が増えてきました。また全国的に地震の被害が起こっています。2011年には東京でも体験いたしましたが、あの東日本の大災害を思い出します。熊本・大分の災害もありました。

           聖書では終末の状況が黙示録等で記述されていますが、旧約時代には「ノアの時の水での滅び」が記述され、これからは「火」で滅びると記述されています。自然災害もその前兆でしょうか。核兵器等も人間の手で作られたものですが、その兆候かも知れません。私達は地球の平和のために祈らなければなりません。

          | - | 10:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          秋の伝道について
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            〇秋の伝道について:

             いよいよ今年も9月に入ります。一般に学校も夏休みが終わり2学期に入ります。9月はナザレン教団の「教会学校月間」になっています。また敬老月間でもあります。対照的な感じですが、子どももお年寄りも大切な存在です。教会では全人教育と言い、全年齢層に福音を伝える使命が与えられています。「少子、高齢化」の現在こそ大切な要素ではないでしょうか。

            「イエスはガリラヤの全地を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民のあらゆるわずらいをおいやしになった。」マタイ4:23とあります。マタイの9:35にも同じ記事があります。イエス様の最初の働きです。「伝道、教育、福祉」と現在流にはまとめられます。何とシンプルで分かりやすい働きでしょうか。この精神はどの教会にも当てはまります。

             36年前に私はこの鳥栖に遣わされて東京から来ましたが、上記の御言葉と、マタイ25:40「いと小さき者に愛を」とのイエス様の御言葉に励まされて、働きが開かれて来ました。日本で当時最も福音が届かない県と言われた佐賀県で、開拓伝道の最初に何から手を付けていいか全然分かりませんでした。しかし、主は不思議な方法で働いてくださり、救われる民を起こしてくださいました。詩編126:5〜6「涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。種を携えて、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。」何と幸いなことでしょう。

             秋の伝道シーズンが豊かな実を結びますようにお祈りいたします。10月には特伝(チャペルコンサート」を今年も計画しています。春もすばらしいコンサートを持ち、多くの方々が来てくださいました。どうぞお祈りください。

            | - | 11:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            引退試合
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              〇引退試合:

               久しぶりにスポーツの話しを書きます。私は若い時からスポーツが大好きでした。特に野球やサッカーには夢中になっていました。実際にやりましたし、見る方も大好きでした。野球は巨人軍の川上哲治(熊本工業出身)さんが好きでした。もう50年ぐらいになりますかね。筋金入りの巨人フアンです。さて、サッカーのお話しに入りましょう。明日の夜は鳥栖駅の隣りの球場で、サガン鳥栖のフェルナンドトーレスの引退試合が行われます。相手はヴィセル神戸です。かつてスペインリーグで同僚だったアンドレス・イニエスタが所属する神戸のチームです。2人とも超有名なサッカーの世界的な選手です。

               特に「サガン鳥栖」は私が30数年前に鳥栖に来て、しばらくして出来たプロサッカーチームです。最初は弱くて、資金力もなく、いつつぶれるかと言われたのです。有志の市民が必死で支え、応援していました。最近は1部リーグ(JI)にとどまり、活躍しています。鳥栖駅構内にはトーレス選手の等身大のポスターが2枚立っています。地方の弱いチームによく世界的な選手が入ってくれたものだと思いました。

               いつも試合のある時に駅を降りますと、多くのファンが列をつくり線路の上にあるアーチ形の階段を昇る姿を目にします。1万5000人から1万8000人もはいるのですから。さて今晩はどのような試合になるでしょうか。鳥栖が16位で、神戸が15位ですので、もし鳥栖が勝つと入れ代わります。16位は2部(J2)との入れ替え戦に出なければならない位置です。17位と18位は2部陥落の位置です。大変な試合でもあるのです。

               鳥栖市の特徴は、このサガン鳥栖、女子バレーの強豪の久光製薬、野球の広島カープの緒方監督・・・。東洋一の高速道路のインターチエンジでしょうか。この町に私たちの鳥栖(伝)があるのです。72000人の町に5つのキリスト教会です。誇りに思います。

               

               

              | - | 10:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              終戦(敗戦)記念日によせて
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                〇終戦(敗戦)記念日によせて:

                 15日は日本が戦争で敗れた記念日です。今から74年前です。第二次世界大戦と言われた4年間の大きな戦争でした。多くの世界の国を巻き込みました。ドイツ、イタリー、日本が「三国同盟」を結び戦いました。最初は優勢でしたが、アット言う間に劣勢になりました。兵力と情報の違いで追い込まれて行きました。

                 15日は韓国では「光復節」と言い、独立記念館で歴代の大統領は平和への演説をされました。今年も文大統領が演説をされました。残念ながら今の時期は、日本と韓国は良い関係にありません。独立記念館は私も何回も行きました。私は牧師の立場で色々な戦時中の展示品を見て来ました。迫害、拷問の所では目を覆うようなリアルな光景でした。以前は固定でしたが、途中から動きが加わり見るのも大変でした。韓国の幾組かの小学生たちがグループで見学に来ていました。また市内にある「パコダ公園」の壁画もリアルでした。また市内からは離れた「提玩利教会」は、日本兵が村の人々を閉じ込めて焼き殺した歴史のある教会です。行くごとに献金をして献堂のために役立たせてくださいと牧師先生に託しました。

                 韓国へは何回も行き20年から30年間に22回ほど行きました。最初はまだ「近くて遠い国」の時代でした。多くの集会をその間に持ちました。韓国全土を回り、ある時には1日で6回ほど(4時半からの早天、午前2回、午後2回、夜1回)持ったことも何回もありました。月曜に行き金曜に帰国するようなスケジュールもあり、謝礼を300万ゥオンほど頂きましたが、いつも全部日韓交流や戦績告白の謝罪に置いてきました。集会の最後に必ず質問がでます。日本の兵隊に家族が殺された、被害を受けたというものでした。私はその都度謝罪をして来ました。最後に「キリストの愛によって赦す」と言ってくださいました。最初に韓国に行った時に、本田弘慈師や森山聡師が土下座の謝罪をされて、許しを請われたのをいつも思い出して私もおなじようにさせていただきました。

                | - | 11:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                平和について
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                  〇平和について:

                   11日は「平和をつくりだす者」(マタイ5:9)との題でメッセージいたしました。CSもイザヤ書2:4から「平和への道」と題してM姉が奨励をされました。

                  本当に平和への感謝とともに、さらに平和のために祈り続けなければなりません。礼拝に入り最初に皆さんで「フランシスコの平和の祈り」を朗読いたしました。すばらしい祈りです。

                   以前にも書いたと思いますが、私は昭和18年生まれですので、2才ながらあのB29の戦隊覚えています。戦隊で空がまるで灰色に一瞬なったようで恐ろしかったです。戦後、大阪へ保育園(戦後の1期生らしい)から行き、大阪城以外焼け野原になっている光景を見ました。ポツンと大阪城が立っているのが不思議に思えました。孤児や復員兵の方々が橋の下やあちこちにおられるのを見ました。悲しい光景でした。

                   礼拝ではイエス様が語られた「8つの幸い:山上の垂訓」の中から「平和をつくり出す人たちは、さいわいである。彼らは神の子と呼ばれるであろう。」(マタイ5:9)から語り、原爆のことや、「長崎の鐘」の永井 隆博士のお話しをいたしました。以前、ナザレン教団も「戦責告白、非戦の誓い」を出し、東南アジア(特に韓国、台湾、フィリピン等)に教団の理事長他が行かれて謝罪をされました。年会で「謝罪声明」を出してほしいと言ったのは実は私でした。なかなか取り上げてもらえず、ある方々からは「先生は韓国や台湾によく行かれているので、便宜上必要なのでしょう。日本も被害者なのですよ」と言われたことがあります。悲しくなりました。誤解もはなはなしい時代でした。

                   私達クリスチャンは神の平和(シャローム)のために祈り続け、持ち場、立場で出来ることからさせていただきたいと思います。戦争で多くの若者をはじめ、人々が亡くなられました。340万人ともいわれていますが、その人々の犠牲の上に「今の平和」があることを忘れてはならないと思います。

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                  各地の聖会について
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                    〇各地の聖会について:

                     この度、当教団のI牧師が大阪の「関西聖会」の講師になられて行かれたそうです。関西聖会には大阪在住の時は委員でいたのを思い出します。今は大阪市内の教会で開催されていますが、30~40年前は大阪府能勢の歌垣で長い間行われていました。もつと以前は京都や兵庫県で行われて、小島伊助師、沢村五郎師、本田弘慈師・・・多くの方々が講師で来られていました。私も歌垣には何度か出席しました。CS地区中高生キャンプも歌垣でさせていただいた記憶があります。自然豊かな聖会場でした。

                     九州には福岡に「九州聖会」があり、100年をはるかに超えてあります。ケズィックも聖会です。箱根の小涌園での中央集会や東京集会の委員もさせていただきました。各地で行われています。それぞれの教団にも聖会があります。当教団にも地区ごとで開催されています。わたしも5地区に転任しましたので、それぞれの地区の聖会に出て恵まれました。でもほとんどが教団でも、超教派でも実行委員をしていましたので、ゆっくりと聞く余裕が最初はなかったですね。司会や講師でお話したりして結構忙しい状態でした。私の引退前の大きな集会での奉仕は「北九州市民クリスマス」の講師ではなかったでしょうか。立派な芸術ホールで多くの会衆を前にクリスマスメッセージを語らせていただきました。教会からも貸し切りバスで応援団が多数出ていただきました。引退前の神様からのプレゼントでした。

                     5000人~1万人集会の実行委員長や委員を何回かさせていただいた経験もあります。勿論人数だけがすばらしいのではありませんが・・・。秋にも聖会が2~3回あります。聖会は霊的に養われる場です。最近どの聖会も人数が減少したり、期間が縮小したりして少々残念な感じです。でも聖会にはぜひ出ていただきたいと思います。イエス様も遺言の祈りで「彼らを真理によって聖別し、この世に遣わしたまえ」(ヨハネ17:17)と祈られています。

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                    8月に入りました
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                      〇8月に入りました:

                       今年も早や8月に入りました。毎日猛暑が続いています。私が住んでいる宗像も涼しいと思っていましたが、福岡で一番高温の時もあり、涼しい所とは言えません。どこでも同じかも知れませんね。昨日も鳥栖の祈祷会に鹿児島本線の汽車で行って来ましたが、温度調整が難しかったです。冷房がよく効くときと、全然きかないときがあります。車内では半袖では寒いけれども、上着ではいい時と脱がなければおれない時もあります。祈祷会が12時に終わり、駅まで車で送っていただき、駅で立ち食いうどん(昼食)を食べ、汽車に乗り帰るのです。片道1時間10分ぐらいの行程です。快速がない時は区間快速で博多で各停に乗り換えていると1時間半はかかります。もう慣れましたが・・・。

                       さて、8月は「ナザレン青年日、平和を祈る月間」です。4日(日)の礼拝では青年向けに、11日には平和のメッセージをいたします。「教会に青年が少なくなった。いなくなった」と最近よく言われ嘆かれている声を聞きます。確かにどの教会にも教会学校の生徒や青年が少ないです。地域に青少年はいないのでしょうか。少子化にはなりましたが、いるのです。反省をこめて言いますが、教会としてもどのようにしていいか分からないのが現状ではないでしょうか。以前はクリスチャンホームの子供たちが多く教会に来ていました。しかしそれすらも少なくなって来ました。危機感が一杯です。皆さんの教会は如何でしょうか。

                       私たちの教会(伝道所)は礼拝の半分が青年です。と言っても少数ですが青年は数名はいます。教会学校も辛うじて継続しています。18日(日)の礼拝後にはバーべキュー交流をしたいと考えています。色々楽しいプログラムを考えて友達を気楽に誘える環境を考えないといけないと思っています。何もしないとそのうちに教会からCS子ども、青年が消えてしまいます。祈りつつ希望を持って取り組みましょう。

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