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牧師コラム

鳥栖(伝)の今後のビジョン
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    〇鳥栖(伝)の今後のビジョン:

     この度の理事長との懇談会で感じたことは、やはり外から見ていただいて適切なアドバイスを頂き、内部の私たちが気付かずマンネリになっていたことを気づかされました。

    小さなことから大きなことまで本当に多くあり、取り組めることを気づかされました。例えば「トイレ」のことなども、当教会は長い間「男女兼用」でした。理事長の言われることは、新しい人が来てはならないとの事と同じだとのこと・・・。前近代的な状態であるとのことでした。確かに私たちは慣れているのでこれでいいとの感覚でした。もう一つ指摘を受けたのは「宿泊施設」でした。現在はだれも住んでいませいません。内外ともに老朽化して危険な状態です。台風とか豪雨が今年のように再び来ますと大変です。早く解体しておくのが安全です。

     2つの例をあげましたが、教会にとって最も重要な「伝道と教会形成」の面です。当伝道所は現在やっと鳥栖市の好位置に環境が変わり、新幹線も前を走り、新鳥栖駅も歩いて7分ぐらいの所に出来ました。いままで遠いと感じていた熊本なんかも隣りの町になったとの感じです。30分で行けますから…。九州でも最も遠いと思われていた鹿児島までも今までの半分ぐらいの時間で行け、日帰りも簡単になりました。そしてこれらの分岐点が鳥栖です。「九州のへそ、中心地」と言われていたことが現実になつて来たのです。

     伝道の面では今はコロナ禍で十分できてはいませんが、チャペルコンサートや、講演会等色々考えられます。開催すればいつも20〜30人集まり、つながっていかれます。ホームページやオンラインでも当教会の働きを告知して、地域のセンター的な働きをして行きたいと思います。伝道所から教会へとなることも必要ななことでしょう。

     理事長が「この教会は若い方々が多く有望ですね」と別れ際に言われました。本当に感謝なことです。希望を持って前進して行きたいと思います。「弟子たちは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主も彼らと共に働き、御言に伴うしるしをもって、その確かなことをお示しになった。」(マルコ16:20) ハレルヤ!

    | - | 08:07 | comments(0) | - | - | - |
    鳥栖(伝)特別礼拝の報告
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      〇鳥栖(伝)特別礼拝の報告:

       本日の25日(日)はナザレン教団理事長の江上 環師を迎えての特別礼拝を持ちました。同時に4年前の10月27に召天された松隈兄の4年記念会礼拝も兼ねて行いました。江上師は聖書の御言葉からメッセージをしていただき、松隈兄の親族も来られていましたが良く分かるようにお話しくださいました。礼拝には20人ぐらいの参加者でした。

       礼拝終了後にテーブルを設定して食事会を「松隈兄を偲ぶ」と題して持たせていただきました。大変和やかな中で皆さんが松隈兄の事を証しされ、まるで証し会のようになりました。不思議なご縁で松隈兄の入院から2ケ月間見守らせていただき、何回か病院にお見舞いし、召天されてた後も前夜式、告別式もさせていただきました。教会が無牧のために地区幹事もしていたことまありましたが・・・。両式とも200名をはるかに越える参列者でした。このことは4年前のことでしたが。

       食事会が終わり、親族が帰られた後から「鳥栖(伝)の今後について」をテーマに、理事長を囲み教会員と話し合いの時を2時間ほど持ちました。非常に有意義な時を持たせていただきました。理事長からも貴重なアドバイスを何点かいただき、私たちからも意見を出し合い、早速出来ることから実行しようとのことになりました。きっと鳥栖(伝)は変わると思います。今はコロナ禍の中でコンサート等も出来ませんが、このような時こそ準備して備えて行こうと皆さんが思われました。理事長が「この教会は若い力に溢れているから希望があります」と帰り際にいわれて嬉しくなりました。肉体的には大変疲れた一日でしたが、一方では大変恵まれた一日となりました。遠い所(横浜)から駆けつけてくださった江上師に心から感謝しました。本当に有意義な一日になりました。主に感謝します。

      | - | 22:52 | comments(0) | - | - | - |
      鳥栖(伝)に再び遣わされて
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        〇鳥栖(伝)に再び遣わされてァ

         1996年に鳥栖を離れました。13年間にわたりゼロに近い状態から開拓伝道、そして教会づくりをいたしました。私が40歳から53歳までの期間でした。前に書きましたように日本で最も伝道困難な佐賀の地で、本当に良く教会を建て上げさせていただいたと思います。最初の3年間は6帖2間の「家の教会」からで、大変な困難さを感じました。当時、あの有名なパン屑牧師の加来国生先生が「日下部先生、よく来たね。でもここでの伝道は並大抵では出来ないよ。ここで教会形成まで行ければ、日本全国どこででも出来ると思うよ。応援するから頑張れ」と励ましてくださいました。そして4年後の献堂式に来てくださつた時に「本当に奇跡だよ。鳥栖の便利なバイパス道の近くに417坪の広い土地と会堂と牧師館を建築して、すごいよ。これからきっと会堂が建ったおかげで伝道が前進するよ。頑張りたまえ」と言ってくださいました。母教会が同じだとの親近感もあったのでしょう。母教会は京都本町ナザレン教会です。先生は戦前の昭和10年頃で、わたしは戦後の昭和40年代ですので年代の開きがありました。先生は戦後にまだナザレンが再建されていないから、バプテスト連盟の教会を起こされたのです。

         さて、9年前に東京から九州に帰り、飯塚教会を7年間牧会し、引退させていただいた後に神様の憐みで鳥栖に22年ぶりに遣わされました。多くの引退された牧師方が余生を戦いにある教会(以前は小さな教会と呼んでいた)を助けたい、出来れば開拓もしたいとよく言われているのを聞きました。でもなかなか実現しているケースは少ないのです。そのような中で自分が開拓させていただいた教会に再び遣わされることは何という恵みでしょうか。それも22年振りですよ。あの加来先生も天国で「日下部君はようやるな。ほんとうにユニークな牧師だなあ」とほほ笑んでおられるのではないでしょうか。いよいよ25日は理事長が来られて礼拝をされます。前回書きましたナザレン教会の創立時(熊本の114年前)の講壇台でメッセージをされます。ハレルヤ!

         

        | - | 21:43 | comments(0) | - | - | - |
        鳥栖(伝)に再び遣わされて
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          〇鳥栖(伝)に再び遣わされてぁ

           いつも鳥栖(伝)の働きのために篤きお祈りを頂き有難うございます。10月は「ナザレン日伝道月間」で、世界のナザレン教会の創立記念の時です。1895年10月に創始者ブリジー博士を中心に135名の創立会員をもって最初のナザレン教会が始まりました。もう125年前になるのですね。

           さて日本のナザレン教会は、本格的には1915年1月にアメリカから帰国した喜多川 広師が一緒に同行して日本宣教に来日されたステープル宣教師と共に熊本(喜多川師の故郷)で宣教を開始して、その年のイースターには18名の洗礼者が与えられ、その信徒が中心となり日本最初のナザレン教会が組織されました。それ以前に1905年に2人の女性宣教師によって実質的な日本宣教がされていました。今年の2020年はそれらのことを踏まえて日本宣教115年になるのです。

           鳥栖(伝)の講壇台は何とナザレン創立者の一人の喜多川 広師が100年前に実際に使われていたものです。私は毎週の礼拝でこの講壇台でメッセージを取り次がせていただいています。本当に歴史の重みを感じ感動を覚えています。この講壇台は今から34年程前の新会堂の献堂式の前の日に、熊本ナザレン教会の今は亡き故磯崎師と壮年会の兄弟方がトラックで同じく開拓時に使われていた木製の長いす2脚と共に運んで来てくださったのです。長イスは今はありませんが・・・。

           25日の礼拝には今は理事長(以前は監督)の江上 環師がメッセージを取り次いでいただきます。長年この鳥栖(伝)を支え続けて4年前に天に召された故松隈久典兄の召天記念礼拝も兼ねています。

           今月もこのコラムが昨日で4000通を超えました。先月も3000通を越えていました。本当に多くの方々が関心を持ち、お祈りくださることを心から感謝いたします。

           

          | - | 16:58 | comments(1) | - | - | - |
          鳥栖に再び遣わされて
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            〇鳥栖に再び遣わされて:

             いつもこのコラムを見てくださいまして感謝します。この2〜3ケ月は急にアクセスの数が増えて驚いています。今月も13日現在で3341通です。この10年近く続けていますが、今回で722件更新しています。これだけ続けられたのも皆さまのお祈りと励ましのおかげです。今は1週間に2回ぐらいの割合いで書いています。

             さて鳥栖(伝)の働きもスローで、時には焦りも出ますがここに教会があると言うだけでもすごい事だと思い、自らを慰めて礼拝(毎日曜日)と祈祷会(毎金曜日)の奉仕に励んでいます。牧師館に住めないので働きに限界があることも事実です。礼拝堂が大切ですから屋根も内部もリフォームして快適になりました。その反面、牧師館はボロボロで

            手の施しようがありません。建物は人が住まないとすぐ荒れて見る影もありません。34年前に軽量鉄骨でプレハブ作りの会堂と牧師館が連なり、美しい建物でした。何回も県庁や市役所に行き建築許可をいただき、私のつたない設計で近くのプレハブ販売店のおじさんに依頼して激安で建ててもらいました。プレハブ・ハウスのモデルルームということで無理を言い、1ケ月であっという間に出来上がりました。激安にもかかわらず立派なカーポートと8帖の離れ部屋をサービスしてくださいました。

             私も40代前半で馬力があったのでしょうね。また不思議にも助け人が次々と起こされて来ました。教会の働きが動き始めると近隣の人々が集まり始め、結構忙しくなり始めました。冷たい空気の所に誰も寄り付きませんが、火の温かい所には多くの人々が集まります。この度25日(日)に理事長が来て下さり特別礼拝(故松隈兄召天4年記念会も兼ねて)を持ちますが、ありのままを見て頂き、これからの鳥栖(伝)の働きを互いに話し合いたいと思っています。小さな群れですが今後ともお祈りにお支えくださいますようにお願い致します。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。あなたには、わたしがついている。だれもあなたを襲って、危害を加えるようなことはしない。この町には、わたしの民が大ぜいいる。」使徒行伝18:9,10)

            | - | 15:36 | comments(0) | - | - | - |
            鳥栖(伝)に再び遣わされて
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              〇鳥栖(伝)に再び遣わされて◆

               引退後にすぐに無牧の鳥栖(伝)に遣わされようとは夢にも思いませんでした。ただただ神様の計画でした。箴言19:21に「人の心には多くの計画がある、しかしただ主の、み旨だけが堅く立つ。」とあります。本当にそうであります。

               来る10月25日(日)の礼拝は、ナザレン教団の江上環理事長を迎えての特別礼拝を持ちます。同時に4年前に病のために天に召された故松隈久典兄の召天記念礼拝でもあります。2016年10月27日に召された松隈兄は「日下部先生が起こされたこの鳥栖の教会を、私の目の黒い内は、また先生の目の黒い内は決して閉鎖しないで守ります」と言い続けて下さっていました。4年前に入院中の松隈兄を久留米の病院に訪ねた時に、病室で病院の先生方に「この先生は私を天国に導いてくださる方です」と言われて驚きました。

               28日の前夜式、29日の告別式には教え子がリーダーの農協会館で、何と両式とも200名を超える参列者でした。松隈兄が長年市内の中学校で教えておられた生徒も多く参列されていました。キリスト教での葬儀に初めて参加された方々がほとんどでした。司式者として精一杯奉仕させていただきました。

               当時、日本で最も困難と言われた鳥栖での開拓を、神学校出たての私は、ゼロに等しいところから1983年に始めて、家の教会(6帖2間)が3年間、鳥栖西中前に移り34年間でトータル37年間になります。無牧の時期もあったにも関わらず継続出来たのは、松隈兄姉ご一家のような方々がおられたのではないでしょうか。また開拓初期に支えてくださった熱心な数名の姉妹方のことも忘れてはなりません。鳥栖開拓は奇跡の連続でした。417坪の土地、会堂(牧師館)、宿泊施設と次々と与えられて多くの実を結ばせていただきました。異端救出、ホスピスの働き、青少年育成活動、刑務所伝道・・・。

               今度、理事長と鳥栖(伝)のこれからのビジョンを話し合いますが、主が最善に導いてくださいますように祈ります。

              | - | 17:49 | comments(0) | - | - | - |
              教職引退後に鳥栖(伝)に遣わされて
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                〇教職引退後に鳥栖(伝)に遣わされて:

                 早くも10月に入り、前期が終わり後期に入りました。私のコラムも先月から急激に見てくださる方々が増加しました。今月もまだ4日しか経過していませんのに何と1000通を越えました。関心を持ち続けてくださる方々に、またお祈りに心から感謝いたします。

                 もう鳥栖での奉仕も2年半になりました。4日はその鳥栖(伝)の礼拝で聖餐式の恵みに与りました。また先週末に教会堂と敷地がリホームされて美しくなりました。7月の九州北部豪雨と9月の台風9号、10号で雨漏れが数か所し、トタン屋根も数か所浮き、敷地も荒れました。そこで修理し、広い敷地にはバラスを蒔いて(3トン車10台分)、ローリー車で固めていただきました。両方で90万円ほどかかりましたが、教団の火災対策費(集中豪雨被害のための)からの援助と、火災保険からの認可で何とかまかなう事が出来ました。本当に感謝なことです。

                 さて先ほど鳥栖での奉仕が2年半になると言いましたが、75歳からですので今は77歳6ケ月に年齢がなります。コロナの影響で、汽車通勤は危険でしたので、4〜6月までは軽自動車で片道1時間半の道を通い礼拝と祈祷会を守らせていただきました。少数でも皆さんが待ってくださっていると思うと、励まざるを得ません。やはり鳥栖(伝)を愛し、教会員を常に覚えさせていただいているのだと自分でも思います。若き時代に自分が開拓させていただいた鳥栖(伝)を閉鎖させては神様に申し訳ないと常に思い、皆さんと共に守り抜きたいと強い思いでいます。九州の中心地に417坪の広い敷地、そして新幹線の新鳥栖駅から歩いて7〜10分の地にある鳥栖(伝)は、必ず将来有望な立地になると信じます。

                | - | 20:40 | comments(0) | - | - | - |
                飯塚教会牧会宣教
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                  〇飯塚教会牧会宣教Α

                   いよいよ9月が終わり10月に入ります。9月はナザレン教団では「教会学校月間」でした。生徒が減少化している教会学校の働きの為に、どの教会も色々な方策を立てて尽力されていますが、なかなか実を結ばずに各教会の大切な祈りの課題となっています。私たちの若い時代にはCSは50〜100人の生徒も珍しくなく、クラスも複数担任という状況でした。

                   一方、9月は前に書きましたように「敬老月間」でもありました。お年寄りを大切にしてくださる教会でありたいと願いました。そういう私もお年寄りのの仲間です。先日も今住んでいる大きな団地の70歳以上の方々を訪問して、自治会からのお祝い金を渡しました。今年から自治会の組長兼副会長とのお世話役に選ばれて、結構忙しく活動しています。

                   さて私の遺言のような5つの牧会した教会のコラムを書いていますが、今月は何と平均で500通/日が2回もあり、9月は現在3000通を超えています。多くの見て下さっている方々に感謝しています。7年間の飯塚教会で色々な事もありましたが、75歳(35年間牧会)で引退させていただきました。京都の本町教会から37歳で献身して東京の神学校に入る時に、教会員からは「日下部兄、遅くないですよ。40歳で神学校を卒業しても70歳まで30年間も牧師として奉仕出来ますからね」と励ましていただきました。それをはるかに越えて35年間、5つの全国の教会を牧会宣教させていただきたのですから、感謝以外の何ものもありません。飯塚教会で最後を飾らせていただきました。鳥栖開拓、京都嵯峨教会、大阪桃谷教会、東京三軒茶屋教会、福岡飯塚教会と遍歴しました。私にとりましてはどの教会も思い出が深く、私を育ててくださいました。神がどこにあっても「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。」(ローマ8:28) ハレルヤ1               

                  | - | 10:30 | comments(1) | - | - | - |
                  飯塚教会での牧会宣教
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                    〇飯塚教会での牧会宣教ァ

                     21日(祝)に「ナザレン合同全国オンライン大会」も無事に終わりました。映像での大会でしたが、多くのプログラムで2時間半があっという間に終わった感じでした。内容豊かな大会でした。しかし花火のように終わり、次につなげないようだと残念ですね。色々な紹介だけに終わり、受ける私たちが取り入れて実践につなげないと、せっかく企画してくださいました実行委員会の労が空しくなります。また少数しか見ておられないようで、ぜひ続いて見ていただきたいと思います。DVD化して全国のナザレン教会に配布してほしいと思います。

                     さて飯塚教会での7年間は楽しくも、苦しくもありました。新築なった7階建て(前は4階建て)の市役所の隣りにあって、13万の市民に知られる3階建ての教会です。250人〜300人は入れる大きな教会堂です。エレベーターもついています。創立60周年の記念事業としてリフォームしました。特別行事も含めて2000万円近くかかったでしょうか。屋根も外装、内装も全部しました。講壇もフラットになり多くの人が並んで歌っても十分スペースがあります。十字架も韓国で作っていただきました。

                     60周年の記念の音楽伝道会を3日間しました。韓国から水営路教会(今は5万人礼拝:釜山)のチョン・ピルド師夫妻、通訳の金師夫妻も来ていただき、何回かの特別メッセージをしていただきました。音楽は私の知り合いの「ユーォーディアアンサンブル」が東京から来て何曲も演奏奉仕してくださいました。大変恵まれました。

                     その間に福岡で「グラハム国際大会」もあり、1万人が国際センター(あの相撲会場で有名)に入りました。私は多くの実行委員の方々と共に、重要な大会の会長として奉仕させていただきました。2年間ほどの準備もありました。飯塚教会からも多くの方々が参加、奉仕、出演をしてくださいました。教会60周年記念事業とグラハム大会はわたしの生涯で想い出に残る記念行事でした。

                    | - | 15:45 | comments(0) | - | - | - |
                    飯塚教会の宣教と牧会
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                      〇飯塚教会の宣教と牧会ぁ

                       20日(日)は「敬老祝賀礼拝」でした。小さな伝道所ですので、70歳以上は3人だけでした。でも教会から記念品(7枚入りのマスクとお風呂の豪華な入浴剤)を頂き、健康を考えて準備して下さったのだと感謝しました。食事会もありました。

                       21日(月、祝)は、いよいよナザレン教団の「合同全国大会オンライン大会」です。本来なら神戸の舞子ビラホテルで開催される予定でしたが、コロナの影響で出来なくなり、オンラインでの大会になったのです。約20年余に「日本ナザレン教団創立90周年」の記念事業の一端として、伝道部主催で今回予定されていた神戸舞妓ビラで「宣教大会」が代表の400名程の参加で開催されました。私が隣りの大阪桃谷教会を牧会していたのと、当時の教団伝道委員長でしたので、実行委員長として準備し計画しました。多くの委員に助けられて3日間の大会も恵まれて終わる事が出来ました。

                       さて、飯塚教会は私の生涯で5っ目の牧会した教会と前述しましたが、7年間とっても恵まれて、引退前の最後の牧会教会としての役目を果たさせていただきました。教会は超教派の多くの教会が全国的にありますが、非常に珍しい教会です。それは先ず「ローア部」があり、盲人の方々もおられた素晴らしい教会だったのです。各礼拝では共に守らせていただきました。教会行事も仲良くさせていただきました。ローア部の方々はリーダーのS牧師を先頭によくまとまっていました。7〜8名、時には10名近い参加者がありました。牧師の礼拝メッセージの時だけそれぞれの牧師がします。あとは讃美も共にします。不思議な光景ですがスムーズに7年間守らせていただきました。30年ぐらい教会員とも交わりがあるので、皆さん手話が上手で感心しました。わたしも見よう見まねで交わりました。今は携帯もあり、紙や手のひらに書いてほぼ通じます。盲人の方々も素晴らしい賜物を持っておられました。一人はご高齢にもかかわらず奏楽者として長年奉仕して下さいました。一度音を聞くと合わせてくださいます。もう一人はフルートを長年されており、土曜の学び会ではよく伴奏してくださいました。新聖歌のほとんどは覚えておられて、私が2曲選び伝えますとすぐに吹いてくださいます。知識も豊富で各回の学びの後に質問を求めますと、最初にされたり、答えを出されます。このように飯塚教会は色々な賜物を持った方々が多くおられます。俳句の会なんかもそうでした。音楽のゴスペルグループもそうでした。私も俳句や音楽は大好きでした。恵まれた7年間でした。ハレルヤ!

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